大判例

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仙台地方裁判所 平成3年(ワ)1162号 判決 1993年4月28日

①事件

原告

藤原健一

外一八〇名

原告一八一名訴訟代理人弁護士

佐藤裕人

安田信彦

古川靖

被告

株式会社講談社

右代表者代表取締役

野間佐和子

被告

野間佐和子

外五名

被告七名訴訟代理人弁護士

河上和雄

的場徹

右訴訟復代理人弁護士

山崎恵

成田茂

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

一請求

1  主位的請求

被告らは、原告ら各自に対し、連帯して各金一〇〇万円及びこれに対する平成三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  予備的請求

(一)  被告株式会社講談社、被告野間佐和子、被告元木昌彦及び被告早川和廣は、原告ら各自に対し、連帯して各金三三万三三三四円及びこれに対する平成三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  被告株式会社講談社、被告野間佐和子及び被告森岩弘は、原告ら各自に対し、連帯して各金三三万三三三三円及びこれに対する平成三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

(三)  被告株式会社講談社、被告野間佐和子、被告佐々木良輔及び被告島田裕巳は、原告ら各自に対し、連帯して各金三三万三三三三円及びこれに対する平成三年一二月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二事案の概要

本件は、原告ら一八一名が、被告株式会社講談社(以下「被告講談社」という。)の出版発行する定期刊行雑誌に掲載された記事によって、宗教法人幸福の科学(以下「幸福の科学」という。)と自らの信仰するその御本尊の大川隆法主宰(本名・中川隆、以下「大川主宰」という。)が誹謗中傷され、原告ら各自の宗教上の人格権が侵害されたと主張して、被告講談社に加え、その代表者個人、右雑誌の編集人及び掲載記事の執筆者であるその余の被告ら六名に対して、不法行為に基づく慰謝料を請求した事案である。

(争いのない事実等)

1  原告らは、大川主宰が代表役員を務める幸福の科学の正会員であり、大川主宰をその御本尊として信仰の対象とする者である(<書証番号略>、弁論の全趣旨)。

2  被告講談社は雑誌及び書籍の出版等を目的とする株式会社であって、週刊フライデー、週刊現代及び月刊現代は被告講談社の出版発行する雑誌であり、被告野間佐和子は被告講談社の代表取締役、被告元木昌彦は週刊フライデーの編集人、被告早川和廣は週刊フライデーの後記3(一)の記事本文の執筆者、被告森岩弘は週刊現代の編集人、被告佐々木良輔は月刊現代の編集人、被告島田裕巳は宗教学を専攻する日本女子大文学部史学科助教授で月刊現代の後記3(三)の記事本文の執筆者である(争いがない)。

3  被告講談社は、後記週刊フライデー、週刊現代及び月刊現代を発行し(なお、発刊日は誌上に印刷された日付にすぎず、実際の発売日と異なる。発刊日から、週刊フライデーと週刊現代は約二週間、月刊現代は約一か月それぞれ遡った日付が、実際の発売日である。)、右各雑誌には、それぞれ次のような掲載記事(以下「本件記事」という。)がある(争いがない、<書証番号略>)。

(一) 週刊フライデーの関係

(1) 平成三年八月二三日・三〇日合併号(<書証番号略>)に、「連続追求 急膨張するバブル教団『幸福の科学』大川隆法の野望『神』を名のり『ユートピア』ぶち上げて3千億円献金めざす新興集団の『裏側』」と題する記事が掲載され、その記事の中に、

GLA元幹部で現在、東京・墨田区で人生相談の「石原相談室」を開いている石原常次氏は語る。

「彼がまだ、商社にいるころでした。ぼくのところに、ノイローゼの相談にきました。『GLAの高橋佳子先生の『真創世記』を読んでいるうちにおかしくなってしまった。自分にはキツネが入っている。どうしたらいいでしょうか』と。分裂症気味で、完全に鬱病状態でした。ノイローゼの人は名前や住所を隠す場合が多いんですが、彼も中川一郎(本名は中川隆)と名のっていました」

その青年が、数年後の現在、霊言の形を借りては、あらゆる宗教家、著名人になりかわり、ついには自分は『仏陀である』と語るのだ。

大川氏の変身ぶりの背後に何があったのか。宗教の魔訶不思議な作用というには、あまりにいかがわしさがつきまとっているとはいえまいか。

との記述がある。

(2) その後、平成三年九月六日号(<書証番号略>)、同月一三日号(<書証番号略>)、同月二〇日号(<書証番号略>)、同月二七日号(<書証番号略>)、同年一〇月四日号(<書証番号略>)、同月一一日号(<書証番号略>)、同月一八日号(<書証番号略>)、同月二五日号(<書証番号略>)と、計八回にわたり、「連続追求 急膨張するバブル教団『幸福の科学』大川隆法の野望」と題する記事が掲載された。

(二) 週刊現代の関係

(1) 平成三年七月六日号(<書証番号略>)に、「内幕摘出レポート『3000億円集金』をブチあげた『幸福の科学』主宰大川隆法の“大野望” 東大法卒の“教祖”が号令!」と題する記事が掲載され、その記事の中に、

①「私は入会して3年になりますが、宗教法人として認可(今年3月7日)されてから、おカネの動きが激しくなりました。この前、(東京・千代田区)紀尾井町ビルの本部で、ちょうどみかん箱くらいの段ボールが数個、運び込まれているところに居合わせたんです。経理の人に『あれはコレですか』って現金のサインを指でつくったら、その人は口に指を当てて“シー”というポーズをした後、『そうだよ。でも、他の人にいってはダメだよ』といいました」

いま話題の新興宗教「幸福の科学」(大川隆法主宰)の中堅会員は声をひそめて語った。

ついに、あの「幸福の科学」が、巨額の資金集めを始めたというのだ。

②……もともとこの教祖はなかなか自己顕示欲が強く、プライドも高いのは確か。

「6月16日、広島で行われた講演で大川氏はこんなことをいっていました。

『最近、会員のなかに霊がわかるという人がでてきたようだが、皆、そんな人に惑わされないように。もともと、その霊能力も私が授けたものなんだから』

自分以外の者が勝手なことをしたり、注目を集めるのが許せないんです」(元会員)

との各記述がある。

(2) 平成三年九月二八日号(<書証番号略>)に、「徹底追及第2弾 続出する『幸福の科学』離反者、内部告発者の叫び 大川隆法氏はこの『現実』をご存知か」と題する記事が掲載され、その記事の中に、

①……「幸福の科学」とはどういう教団なのだろうか。

草創期から携わっていた元役員は次のようにいう。

「もともと大川氏は口数も少なく、大人しいタイプでした。会員をはじめ、役員たちとあまり話をすることもありません。教団の運営は、ごく限られた“腹心”たちと決めていました。会員の動向は、その腹心たちから毎日上がってくる『業務報告』で把握していました。ただこの報告が問題。ここで悪くいわれた人は、すぐ教団を追い出されました。みんな、この報告のことを陰でゲシュタポ・レポートと呼んでいました」

当初からこの集団は“問題教団”になる危険性をはらんでいたのである。

② 大川隆法主宰(本名・中川隆)は……いったいどんな“素顔”をもった人物なのだろうか。

「銀座の高級クラブで10人くらいの側近を引き連れた大川氏と一晩、ヘネシーを飲んだことがあるけど、物事を論理的に話すヤツだなあという印象を持ったな。ただ、自分より上のヤツは持ち上げ、へつらうところがある。意外と気も小さいと思ったな」

というのはある画家(特に名を秘す)である。

今春、銀座の画廊で「観音様」をテーマにした個展を開いたとき、大川氏が一団に囲まれて会場に現れ、40号の「観音様」の絵を50万円で買ってくれたというのだ。

その画家が、

「できるだけ無欲の精神で描こうと思っていますが、なかなかうまくいかないものです。煩悩の数だけ生きて、109歳にでもなれば、納得のいく絵が描けるかもしれません」

というと、大川氏は、

「私も宗教者として全く同じ気持ちです」

と答え、意気投合。

そして大川氏の側近から「銀座で一杯いかがですか」と誘われ、一緒に飲んだというわけだ。

ただ、行った店は大川氏の行きつけではなかったようで、店内でも大川氏は静かにグラスを傾けていたという。

との各記述がある。

(3) 平成三年一〇月一二日号(<書証番号略>)に、「『幸福の科学』の強引な『カネと人』集めははた迷惑だぞ! 今度は小誌が『名誉毀損』だって」と題する記事が掲載され、その記事の中に、

① そこまでいうのなら反論しよう。

まず小誌9月28日号でゲシュタポ・レポートの存在を明かにした草創期からの会員の再証言である。

「内部の状況を逐一、大川氏に報告するレポートが“腹心”の役員から出されていました。陰口をたたいたりした人間はチェックされ、まず監視をつけられました。なかには、突然仕事をホサれたり、イヤガラセとしか思えない命令をされる人もいた。そんな人たちは、次第に追いつめられて、辞めていきました。私の仲間が、それを“ゲシュタポ・レポート”と呼んでいたのも事実です」

元幹部も、これを裏付けるように証言する。

「この報告はほぼ毎日出されていました。初期の責任者はK・T氏。彼は会員たちの間では絶対的な存在でしたよ。よく『自分がいうことは大川先生のいうことだ』といっていました。彼が逐一報告していたため、大川氏は事務所に来なくても、会員の動向を把握できたわけです」

② 一方、50万円で絵を買ってもらった画家は、こう語る。

「なんでウソだなんていうんだろう。きっと今、大川氏はカネに困っているので、絵を買っていたなんて書かれると困るんだろうね。周りに、“ムダ遣いしてる”と思われたくなかったんじゃないかな」

その画家は今年4月1日から6日まで、東京・銀座の某画廊で個展を開いたのだが、ある日、大川氏が5、6名の側近を連れてきたという。

「側近の一人から『大川隆法さんです』と紹介されたんだ。その時、『太陽の法』とかいう本もくれた。その後、大川氏らと銀座へ繰り出したのも本当だよ」(ある画家)

との各記述がある。

(三) 月刊現代の関係

平成三年一〇月号(<書証番号略>)に、「宗教学界の異才が初の本格追及こんなものがはびこるのは日本の不幸だ!バブル宗教『幸福の科学』を徹底批判する」と題する記事が記載され、その記事の中に、

① 「単なる古今東西の宗教の寄せ集めで体系性を欠いた思想、『日本だけは大丈夫』の怪説――会費ダンピングで数だけ増やす“危険な宗教”の狙いと本当の正体を見誤るな」

とのリードがあり、

② 幸福の科学が何を目的に活動しているかがわからない

③ 幸福の科学の教えがどういったものであるのかは、大川の本を読んでも理解できない

④ イベントや本に内容がない

⑤ 教えの内容…、単なる古今東西の宗教の寄せ集めにしかすぎない

⑥ 教え…、寄せ集めで体系的でない

⑦ 幸福の科学は、まさに『バブル宗教』である。その目的は自分たちの組織を拡大することにしかない

⑧ 幸福の科学の会員たちは日本だけの繁栄を望んでいる

⑨ 日本人のダメさの象徴が幸福の科学なのかもしれないのだ。幸福の科学の正体は、日本人の正体でもある

⑩ 大川隆法の『正体』は、せいぜい落ちこぼれのエリートでしかないのだ

⑪ 平凡なエリートの落ちこぼれと宗教好きの父親という組み合わせが、幸福の科学の『正体』である

との各記述がある。

(争点)

1  本案前の申立てとして、被告らは次のように主張する。

(一) 公序良俗違反

原告らの本訴請求は、被告講談社の出版発行した雑誌の記事内容が大川主宰の存在に触れるならば、大川主宰と観念的に結びついている原告ら信者は被告らに対して慰謝料請求ができるという趣旨であり、これは大川主宰を汚したことに対する裁判を求めているものに他ならないが、かような請求は、大川主宰を神の言葉を預かる者などとして特別な存在に位置づけ、同人に対する不敬一切を許さないとする思想に貫かれたものであり、思想及び良心の自由、言論・出版及び表現の自由に違背する前近代的なものであって、憲法秩序を真っ向から否定する性格のものであるから、請求の内容自体公序に反し、権利保護の利益を欠く不適法な訴えである。

(二) 訴権濫用

本訴は、幸福の科学が、平成三年九月二日以来、被告講談社に対して継続的に組織をあげて行っている業務妨害行為の一環として、全国の信者を組織的に動員し、約二九〇〇名の信者が全国七か所(東京、大阪、福岡、名古屋、札幌、仙台、徳島)の地方裁判所にほぼ同一内容の訴えを提起した訴訟の一つであり、本訴の提起は、被告講談社の信用を棄損させると共に、信者を新たな攻撃に駆り立て、煽動して、大川主宰や幸福の科学に対する批判的な言動を封じようとした不当な動機、目的に基づくものであるから、訴権を濫用したものとして不適法である。

2  本案における争点は、本件において原告らの主張する宗教上の人格権が不法行為法によって保護される法的利益であるか否か、に集約されるが、この点に関する双方の主張の大筋は次のとおりである。

(一) 原告らの主張

(1) 主張の骨子

被告らが、本件記事のような捏造を中心とする悪質な誹謗中傷記事で、大川主宰と幸福の科学を傷つけ続けたことは、いわば言論の暴力とでもいうべきところ、原告らは、大川主宰と幸福の科学に深く帰依している幸福の科学の正会員であり、被告らのこの不法行為によって、原告らの心は深く傷つき、様々の精神的損害を被ったから、原告らは、被告らに対し、損害賠償請求権を有する。

(2) 主張の敷衍

ア 宗教上の人格権の権利性

憲法一三条・二〇条を解釈指針として、民法七一〇条に、身体、自由、名誉等の人格権の侵害が不法行為になることが明文で規定されていることを類推すれば、同法七〇九条・七一〇条の不法行為における宗教上の領域の被侵害利益の類型として、宗教上の人格権を導くことができる。

この宗教上の人格権は二つの内容があり、第一には「自らが帰依する宗教団体及びその信仰の対象たる御本尊を明確に行き過ぎた誹謗中傷の言論で傷つけられることのない利益、あるいは、自らが帰依する宗教団体及びその信仰の対象たる御本尊をみだりに汚されることのない利益」であり、第二には「宗教上の領域における心の静穏の利益」である。この後者について、「心の静穏」が法律上の権利として客観的に把握し得るような明確性を有する概念たり得ないことは決してなく、それはあたかもプライバシーの権利が判例上確立してきたのと同じである。

この権利は、信仰という人間存在の基本に関するものであって、現時点で信仰を有しているか否かにかかわらず、全ての国民が有する人格権である。そして、法的保護に値する普遍性、客観性、具体性を有し、不法行為法における法的利益としての内容、範囲、限界についても、極めて明確な権利である。

イ 幸福の科学の正会員

宗教団体及びその御本尊に帰依しているといえるためには、その宗教の信者と客観的に認定できることが必要である。

原告らは、自らの正しき心を日々探究する意欲を有し、原則として、幸福の科学の書籍を一〇冊以上読み、入会願書の審査を経て、幸福の科学に入会を認められたその正会員であって、入会の際、幸福の科学の根本教典である「正心法語」を与えられ、また、月額一〇〇〇円の会費を負担して幸福の科学の会員向け機関紙である月刊「幸福の科学」誌を講読している。幸福の科学の正会員は、大川主宰に帰依し、大川主宰の説かれる法に帰依し、大川主宰の説かれる法を伝える組織である幸福の科学に帰依して(三宝帰依)、大川主宰の説かれる神から流れ出る心の教え(法)を生きる指針としながら、人間としての幸福(私的幸福)と社会全体の幸福(公的幸福)を、あらゆる角度から探究し、恒久ユートピアの建設を目指して、反省と祈りと伝道の日々を、真剣に送る者であるから、入会願書の審査にあたっては、「正しき心の探究」の姿勢があるか否か、すなわち、三宝帰依の姿勢の有無に特に重点がおかれ、この姿勢が見受けられない入会申請者には、三か月又は六か月再申請を認めない処分ないし入会を拒否する処分がされている。

かくして、原告ら幸福の科学の正会員と法人たる幸福の科学との間には、入会契約という私法上の契約が明確に存在することにより、原告らが幸福の科学とその御本尊である大川主宰に帰依していることは客観的に明らかである。

ウ 被告らの言論

明確に行き過ぎた誹謗中傷の言論で傷つけられたといえるためには、その言論の対象となった者に対する名誉棄損が成立するなど、その言論の内容が明らかに言論の自由の範囲を逸脱しているといえる程度のものであることが必要である。

被告らの本件記事は、捏造記事を多数含み、無責任な暴力的言論で幸福の科学と大川主宰を誹謗中傷したものであるから、これによって幸福の科学及び大川主宰の名誉が棄損されるのは明らかである。

エ 宗教上の人格権のあてはめ

本件における宗教上の人格権の内容を具体的に主張すれば、「自らが正会員として所属する宗教団体幸福の科学及びその信仰の対象たる御本尊大川主宰」を「捏造記事等の無責任な暴力的言論で誹謗中傷されることのない利益」ないし「行き過ぎた誹謗中傷の言論で傷つけられて心の静穏を乱されることのない利益」ということになる。

オ 被告らの不法行為の形態

本件記事が週刊フライデー、週刊現代及び月刊現代の三誌に掲載されたのは、被告らの共謀、すなわち、主観的関連共同によるものであるか、あるいは、社会通念上全体として被告らの一個の行為と認められる程度の客観的関連共同によるものであるから、共同不法行為となる。

然らずとしても、右の三誌のそれぞれの関係において、執筆者(被告早川和廣、被告島田裕巳)、編集人(被告元木昌彦、被告森岩弘、被告佐々木良輔)、会社代表者(被告野間佐和子)及び出版社(被告講談社)としての各行為がそれぞれ独立した不法行為となる。

(二) 被告らの主張―宗教上の人格権の権利としての明確性の欠如―

(1) まず、宗教上の人格権における「心の静穏」それ自体が、極めて個別的、主観的かつ抽象的なものであって、法律上の権利として客観的に把握し得るような明確性を有していない。すなわち、心の静穏とは、一般的にいって、人の感情、感性、情緒、心理といった心の働きによって左右される非常に個別性、主観性の強いものであるが、原告らが主張する心の静穏は、さらに、個々人のもつ宗教的感情や宗教観ないしは教団及び教祖に対する感情、教団及び教祖との関係等によっても大きく左右される極めて個別的、主観的な性格のものである。したがって、そのようなものを中核とする宗教上の人格権が権利としての内容、範囲、限界につき全く明確性を欠くことになるのは明らかである。

(2) また、原告らは、裁判で宗教上の人格権を主張できる者を幸福の科学の正会員に限定することによって宗教上の人格権の権利としての明確性が生じる旨主張しているが、この点に関する原告らの主張は変遷しており、宗教上の人格権の権利主体の範囲が原告ら自身においてさえも極めて曖昧なものであることを示している。さらに、幸福の科学の正会員たる地位は、原告ら自らが認めるとおり、幸福の科学と原告らとの私的契約によって生じる両者間のみで意味のある地位であり、かつ、帰依の有無は明らかに幸福の科学の教義に関する個々人の信仰上の内心の問題であって司法審査の対象とならない事項である。つまり、幸福の科学の正会員たる地位は、第三者たる被告らその他幸福の科学の関係者以外の者には、全く曖昧不明確なもので、到底、宗教上の人格権の権利主体の範囲に明確性を与えるものではない。

(3) このように、原告らの主張する「宗教上の人格権」なるものは、実定法上の根拠を欠き、その具体的な概念、内容、要件、効果等が不明確であって、到底、法的保護の対象となる利益(権利)として承認する余地がないものである。

三争点に対する判断

1  争点1(本案前の申立て)について

(一)  まず、被告らは、本訴請求について、大川主宰に対する不敬一切を許さない趣旨であるとか、憲法秩序を真っ向から否定する性格のものであるとか主張するが、原告らの本訴請求は、本件記事が幸福の科学と大川主宰を誹謗中傷する多数の捏造記事を含み、これによって自らが精神的損害を被ったとして、不法行為に基づき、その賠償を求めるものにすぎないから、請求の内容自体公序に反し、権利保護の利益を欠く不適法な訴えとまでいうことはできない。

(二)  次に、被告らは、本訴の提起が原告らの不当な動機、目的に基づくものであると主張し、弁論の全趣旨によれば、幸福の科学の約二九〇〇名の信者が原告となって全国七か所(東京、大阪、福岡、名古屋、札幌、仙台、徳島)の地方裁判所にほぼ同一内容の訴えを提起したことが認められるが、右認定事実から直ちに右主張事実を推認することはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、本件訴えが訴権を濫用した不適法なものということはできない。

2  争点2(本件において原告らの主張する宗教上の人格権が不法行為法によって保護される法的利益であるか否か)について

(一)  原告らの主張は、宗教上の人格権を、「宗教上の領域における心の静穏の利益」とし、より具体的には、「自らが正会員として所属する宗教団体幸福の科学及びその信仰の対象たる御本尊大川主宰」を「捏造記事等の無責任な暴力的言論で誹謗中傷されることのない利益」ないし「行き過ぎた誹謗中傷の言論で傷つけられて心の静穏を乱されることのない利益」として、これが本件記事によって侵害されたとするものである。

確かに、原告らは、前記のとおり幸福の科学の正会員であるから、本件記事の内容に照らせば、幸福の科学と大川主宰に言及した本件記事によって、幸福の科学の信者の感情として、原告らが困惑し、不快な気分となり、あるいは、怒りや憤りを覚えることがあることは、一般的に否定できない。

しかしながら、本件記事の内容は、明らかに幸福の科学という宗教団体ないし大川主宰個人に向けられており、原告ら幸福の科学の信者ら個々人の具体的な信仰生活を客観的現実的に侵害すると評価することはできないといわざるをえない。そして、右にみた原告ら個々人が抱いたであろう感情そのものは、極めて個別的、主観的なものであって、普遍性がなく、客観的な把握は不可能である上、幸福の科学及び大川主宰との関係、原告ら主張の本件損害の内容等にかんがみると、本件記事の雑誌掲載により幸福の科学又は大川主宰の被った損害の賠償がなされた場合には、原告ら主張に係る原告らの被った損害もその殆どが回復する関係にあるということができる(なお、原告らが本件記事の読者から中傷され、迫害されるなどして被った損害について右第三者に対して賠償請求をし得る余地のあることは格別、右損害と被告らの本件記事の執筆掲載等の行為との間に相当因果関係のあることが認められない本件においては、被告らに対して右損害の賠償を請求することはできない。)。したがって、原告らが前記宗教上の感情を抱いたことをもって不法行為法上の法的利益の侵害があるとすることはできないというべきである。

(二)  以上の次第で、原告らが本件において宗教上の人格権として主張するところのものは、不法行為法によって保護される権利若しくは利益と認めることはできず、原告らに権利侵害あるいは不法行為法上の法的利益の侵害があるということはできないから、その余を判断するまでもなく、原告らの請求はいずれも理由がない。

四結論

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官飯田敏彦 裁判官片瀬敏寿 裁判官平田直人は、転補のため署名押印することができない。裁判長裁判官飯田敏彦)

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